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理事選任 候補者のご紹介

​選考過程でのアンケート、面接時の質問などから回答を抜粋しています。

略歴

① 所属先

② 最終学歴

③ 主な職歴

④ 主な役職歴

⑤ カーリングに関する役職歴

⑥​ 主なスポーツ歴

​設問(外部候補者)

① パラスポーツについて

② 車いすカーリングについて

③ 達成目標や貢献分野

④ これからの課題

⑤ 応募動機・自己PRなど

​設問(現職継続立候補者)

① 令和3年・4年の振り返り

② 理事会のあり方、機能や目標

③ 自身の目標と課題

④ 自己推薦文

 

 

No.1  市川  勝男  (いちかわ かつお)

長野県在住 1961年生

所属先: 市川歯科技工所 代表

     信州チェアカーリングクラブ

     パラリンピアンズ協会会員

     日本車いすカーリング協会賛助会員

最終学歴:平成4年 新東京歯科技工士専門学校 卒業

職歴:  昭和55年4月〜長野トヨタ自動車株式会社(4年)

     昭和61年4月〜株式会社ラボ(6年)

役職歴: 平成4年10月〜市川歯科技工所 代表(30年)

役職(カーリング):チーム長野代表

     平成19年 日本チェアカーリング協会 理事

     平成24年 日本チェアカーリング協会 会長

スポーツ歴:車いすカーリング(17年)         

     2004〜2013、2018日本選手権優勝

     2005〜2013 世界B選手権大会日本代表

     2010冬季パラリンピック日本代表

[これからの課題]

 競技を続けていく事の大変さ。一般企業の勤め人の場合、休みを貰うのが周りの目や会社の様子を伺いながらで、申請するのが気が引ける。
勤めの収入で生活している人は、収入が減り、遠征で金を使うのに耐えられず辞めていく人が多い。
継続できるのは労災や保険金、家族の収入等で仕事をしなくても金の心配がない人。長期的にみてこういう選手を育成しているところは強いと思う。パラスポーツにはよくあることではある。車いすカーリングを続けるためには、改善が必要。

[応募動機]

 パラリンピアンズ協会よりパラスポーツの情報は得ています。競技者の獲得や資金調達など協会が取り組む課題は多いと思います。運営も競技も少しの間離れているのですが、現状を把握(共有)して、協会運営がスムーズに行くようお手伝いをしたいです。競技者の立場から伝えられることはいろいろあると思います。また、新人の発掘にも携わっていければとも思います。

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No.2 伊藤  友博  (いとう ともひろ)

東京都在住 1976年生

所属先: 株式会社ベネッセホールディングス勤務 グループリーダー            

最終学歴:1999年3月 神戸大学 発達科学部 卒業

     2023年4月 産業能率大学大学院 入学

職歴:  1999年4月〜NECソリューションイノベータ株式会社 課長(19年間)

     2018年7月〜株式会社ベネッセホールディングス(5年間)

スポーツ歴:

     1989年4月〜野球(6年間)     

     1995年4月〜フェンシング(4年間)

     2005〜2013 世界B選手権大会日本代表

​[パラスポーツの印象・これからの課題]

 東京パラリンピックでの活躍です。特に、車いすバスケットボールでの迫力とスピード、女子マラソンでの道下選手と伴走者との協力関係が印象に残っています。
これからの課題は、環境の整備と考えます。今年、東京都パラスポーツトレーニングセンターが開設されるなど、徐々に充実されていますが、車いすカーリングを体験できる環境はまだまだ少ないと考えています。

[応募動機・意気込みなど]

 私が日本車いすカーリング協会の役員に応募する動機は、このスポーツの普及と発展に貢献したいという思いにあります。車いすカーリングは、障がいを持つ方々にとって、スポーツを通じての自己成長や他者との重要な交流の機会と考えています。そのため、私はこのスポーツを支えるために、自分自身の経験や知識を活かして積極的に関与したいと考えています。

また、私はカーリングの経験はありませんが、その戦略性とチームワークの重要性、そして選手や関係者同士の交流が魅力だと考えています。私はこの魅力を多くの方々に伝え、車いすカーリングをより一層発展させていきたいと思っています。

選手や関係者の皆様と協力し、より多くの人々が車いすカーリングの楽しさや意義を知る機会を提供し、車いすカーリングの普及と発展に貢献し、障がいを持つ方々の可能性を広げるお手伝いができれば幸いです。

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No.3 大崎  哲也  (おおさき てつや)

北海道在住 1968年生

所属先: フリーライター

     北海道新聞社勤務

     北翔大学大学院生涯スポーツ学研究科博士後期課程在席

最終学歴:2012年3月 早稲田大学大学院政治学研究科修士課程 修了

職歴:  1992年4月〜海道新聞社(最終役職:運動部編集委員)(27年)

     2018年5月〜北海道教育大学岩見沢校非常勤講師 現職

     2019年4月〜大阪成蹊大学経営学部スポーツマネジメント学科准教授(2年間)

役職(カーリング):

     2021年6月  日本車いすカーリング協会 理事 現職

 

[令和3年・4年の振り返り]

 理事会出席率は8割程度だと思います。

発言は積極的に行いたいとは思っていましたが、理事会がかなり長時間に及ぶことが多く、自省することが多々ありました。

[理事会のあり方、機能や目標]

 本来理事会は、審議すべきものを各自が十分検討し、それを持ち合う場だと思いますので、この姿に近づけたいと思います。また、結局先送りにした議案もあったと記憶しております。長期、中期、短期で本協会が検討すべき議題を委員長レベルで抽出し、基本的には委員会で形にしてから、理事会にかける仕組みに、できるだけ近づけたいとも考えております。

一方で、全員がそろうことが難しいことも多かったように思います。報告事項などは理事会ではなく、都度書面で回すなどしたほうが合理的ではないかと考えます。

さらに、委員長、副委員長レベルで話がおこなれたことを前提に理事会に臨まれても、理事側としては話がわかららないこともありますので、このあたりは改善が必要かと思います。

[自身の目標と課題]

 協会の当面の取り組みは、普及や振興も十分考慮する必要がありますが、何よりも必要なのはパラの出場権を勝ち取ることでしょう。そこに向かってなにをするかを逆算して考える必要があるかと思います。広報分野の問題提起は従前から行っていますがこれを継続することに加え、北海道在住理事として、ともすれば東京や長野が主体であるという流れを変えたいと考えております。

[自己PR・特記事項等]

 自身の知見、経験を活かせる業務であることが一番です。また、現在生涯スポーツを研究しております。車いすカーリングはパラ競技であるとともに生涯スポーツの可能性を秘めている競技でもありますので、得られるものが多いと考えております。

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No.4 大野 淳一郎 (おおの じゅんいちろう)

東京都在住 1958年生

所属先:  ALTEX 株式会社勤務 SEC Swiss、Kratos India

最終学歴:1981年3月 卒業 福岡大学経済学部産業経済学科

役職歴: 1990年5月〜カナレ電気株式会社 代表取締役社長

     海外子会社8社CEO、国内子会社3社の取締役兼

[パラスポーツの印象・課題]

 車椅子テニスの国枝選手が最も印象が強いです。

健常者でもあれだけの技術、精神力を持っている人はなかなかいませんし、努力も並大抵ではないと思います。
素晴らしいとしか言いようがありません。

 これからのパラスポーツには、認知度向上、選手の技術向上、トレーニング施設の充実、国内リーグ発足、国際試合の増加、スポンサーの拡大、メディアの活用及び露出などグローバルな形で可能な限り活動することが必要ではないかと思います。

[応募動機・貢献分野など]

 協会の目的、目標をよく理解したうえで、自分の経験を生かして貢献したいと考えています。

私はどんな困難な事でもまずはやってみるという精神のもとで、失敗を恐れず計画を立案し素早く行動するというのが信念で仕事をこなしてまいりました。

これにより得た実績、人脈は計り知れないものがあり、特に人脈については今でも継続かつ拡大しており私の生きてきた証と思っております。

これらのものをうまく使いながら車いすカーリングの認知度向上、協会の運営などに関与できることを心より願っております。

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No.5 大場  恒雄  (おおば つねお)

東京都在住 1958年生

主なスポーツ歴は、バスケットボール(17年間)

所属先: 2023年5月まで 花王株式会社(42年)  

最終学歴:1981年3月 慶應義塾大学 法学部政治学科

職歴:  1981年4月〜花王株式会社(42年)

     2021-2023 ESG部門 シニアパートナー

     2010-2018 花王ベトナム 社長

     2009-2010 ファブリック&ホームケア 事業本部長

     2004-2009 花王インドネシア 社長

     2001-2004 花王販売中四国支社 マーケティング部長

     1997-2001 ハウスホールド事業本部 マーケティングディレクター

     1992-1997 家庭品部門 調査部 リサーチマネージャー

     1981 入社 家庭品部門 調査部

役職歴: 2018年4月(国連イニシアティブ)

     一般社団法人グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン出向 事務局長(3年間)

スポーツ歴:1971年4月バスケットボール(17年間)

[パラスポーツの印象・課題]

 困難に直面しようとも挫けず、励まし合い、共に前進してゆくプレーヤーの姿は、どの競技かという枠を超えて多くの人々に勇気や生きる力を与え、あるべき未来を見据えたサステイナブルな互恵社会建設に、大変大きな貢献を果たしていると思います。

 障害者かどうか、プレーヤーかどうかという既定の枠組みでなく、スポーツや団体競技・活動に多様な人々の参画を広く促し、お互いに学び、認め合い、尊重することで、全ての人々の人生を充実させてゆくプラットフォームとなること。

[達成目標や貢献分野]

 花王現地法人の社長(13年)事業本部長(2年)(国連)グローバルコンパクトネットワークジャパン・事務局長(3年)の経験をいかし、協会の経営基盤をさらに強化する。特に、財政・人的基盤の充実、協会のレピュテーションの向上に寄与したい。

[応募動機・意気込みなど]

 カーリングの大ファンです。本年5月に開催された第19回ナブテスコ日本車いすカーリング選手権大会も見学に伺いました。

困難に直面しようとも挫けず、励まし合い、共に前進してゆくプレーヤーの姿は、どの競技かという枠を超えて多くの人々に勇気や生きる力を与え、あるべき未来を見据えたサステイナブルな互恵社会建設に、大変大きな貢献を果たしていると思います。

花王(株)にて現地法人の社長(13年)事業本部長(2年)(国連)グローバルコンパクトネットワークジャパン・事務局長(3年)の経験とネットワークをいかし、協会の経営・運営基盤をさらに強化する、特に、財政・人的基盤の充実、協会のレピュテーションの向上に寄与したいと考えております。

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No.6 竹村  鮎子  (たけむら あゆこ)

東京都在住 1977年生

所属先: ハート法律事務所。経営弁護士

最終学歴:2009年3月 立教大学大学院法務研究科 卒業

職歴:  2010年12月〜東京都内の法律事務所で弁護士として活動(13年)

役職(カーリング):

     2021年​6月〜 日本車いすカーリング協会  会長 兼総務委員長

     2022年7月〜 日本カーリング協会  総務委員

[令和3年・4年の振り返り]

 会長として全ての理事会において議長を務めた

多くの理事から忌憚のない意見をもらいたいと思い、議論についての調整役になることを心がけていた

また、実務を担う専務理事や事務局長が業務をしやすい環境を作ることを心がけていたつもりである

全ての理事会がオンラインで開催され、出席理事の表情も分からないため、特に発言のない理事の考えが分からず、困惑することも多かった

令和3年、4年度は、チームの頑張りやパラスポーツに対する社会的関心の高まりもあって、15年ぶりに世界選手権への出場を果たしたり、スポンサーを2社獲得したり、篤志家の方から寄付をいただいたりなどと、当職の貢献はほとんどないが、協会としては、一定の成果をあげられたのではないかと思料する

[理事会のあり方、機能や目標]

 理事会中の外部理事やからの指摘のよって、車いすカーリング協会の運営に新しい視点を持つことができたのではないかと考える。異なる価値観やバックグラウンドを持つ理事が協会運営に問題意識を持ち、闊達な意見交換をすることは望ましいと考えていえる。

ただし、「車いすカーリング協会の理事会」について理解が不十分であった理事が当職も含め、多かったのはないかと思う。また、協会にかかわるステークホルダーが多く、それらと協会との関係が複雑であるため、現時点においても、協会についての理解が当職を含めた多くの理事において、十分であるとは言い難い。

まず各理事には、車いすカーリング協会の概要について、理解をある程度深めた上で、理事会に出席すること及び全ての理事が議題に対して問題意識を持ち、理事会の場で発言できることを目標としたい

[自身の目標と課題]

 弁護士として組織運営についてのコンプライアンスの重要さを常に意識しながら、引き続き、理事会運営に関わっていきたい。

[自己PR・特記事項等]

 令和3年から4年度の2年間で、車いすカーリング協会の組織について理解を深められたと思っております。次の任期では、当期では達成できなかった規程作成などにも積極的に取り組んで行きたいと思っております。

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No.7 對崎 利香子 (ついざき りかこ)             

栃木県在住 1959年生

所属先: ファーコス薬局 すまいる勤務 

     薬剤師、JADA公認スポーツファーマシスト

​     日本車いすカーリング協会 賛助会員

最終学歴:1982年3月 東京理科大学薬学部 卒業

職歴:  1986年12月〜 セントラルスポーツ株式会社(7年間)

     1993年12月〜 株式会社メディコジャパン(7年間)

     2001年6月〜 ファーコス薬局渋谷⇒ファーコス薬局ひかり⇒現職

役職歴: 2012年6月〜 東京都薬剤師会アンチ・ドーピング委員会委員(11年間)

     2014年〜 日本アンチ・ドーピング機構 教育トレーナー

     2018年〜 日本学生陸上競技連合 医事委員

役職(カーリング):

     2021年6月 日本車いすカーリング協会 理事

     2020年6月 日本車いすカーリング協会 医科学委員

     2022年7月 日本カーリング協会 医科学委員

スポーツ歴:       

     1978年4月〜 バレーボール(10年間)

     1985年〜 エアロビクスダンスインストラクター(7年間)

     

[令和3年・4年の振り返り]

 私個人の理事会での発言は、医科学委員担当として委員会の様子・予算の検討などについて行うことがほとんどでした。

最初の業務であった、「定款の改定」など、関わったことがないことも多く、自ら提案などはできませんでした。

また、医科学委員としてアスリートをサポートできる体制を整えるために、アンチ・ドーピング規則について理事の方にも発信したいと思っておりました。1度、アスリート向けの研修会をオープン参加できるようにしていただきましたが、まだまだですので、もう少し情報発信を行う必要があると考えます

[理事会のあり方、機能や目標]

 私自身の反省点でもありますが、どのように進んでいけばいいのか、まだまだ「競技団体の運営とは・・・」という事が自分の中に落とし込まれてないと感じています。

今期はカーリング競技をしていない理事も多かったため、規定等に対して疑問点などご指摘もありましたが、それが逆に今までの殻を少し破ったようにも思えます。

今後、今までの固定観念にとらわれず、(良い点はもちろん残し)新たな情報交換の場をつくり、アスリートへのより良いサポートを行えるように考えていきたいと思っています。

具体的には、(医科学委員の立場としても)アンチ・ドーピング規則について知っていただきたく、アスリートへの教育についての必要性をご理解していただければと思います。

[自身の目標と課題]

 現在、車いすカーリング協会はJADA(日本アンチ・ドーピング機構)への直接の加盟団体にはなっておりません。今後、パラリンピック出場などを考える上でJADAへの加盟は必要であると考えます。来年度に是非、取組みたいと思っております。

[自己PR・特記事項等]

 令昨年より、理事会での承認を経て、上部団体であります「日本カーリング協会」の医科学委員会のメンバーとなりました。まだ私自身の活動は少ないですが、今後、その活動を車いすカーリング協会での活動に活かしていきたいと思っています。

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No.8 德川  康久  (とくがわ やすひさ)

東京都在住 1948年生

最終学歴:昭和46年3月 学習院大学法学部法学科 卒業

     平成12年3月 國學院大學文学部神道学科 卒業

職歴:  昭和46年6月より フィッリプス石油(株)化学品部長、石油ガス部長(27年間)

     平成16年8月 芝東照宮 権禰宜 (8年間)

     平成25年1月 靖國神社 宮司 (5年間)

役職歴: 平成26年4月より (公財)日本相撲協会 理事(2年間)

               NPO 国際武道院、国際武道連盟 会長 現在

               (社福)子供の町 理事 現在

               NPO 日本放鷹協会 名誉会長 現在

役職(カーリング):

     令和3年6月より (一社)日本車いすカーリング協会 理事、副会長

               軽井沢カーリングクラブ 運営委員 現在

スポーツ歴:       

     昭和39年4月より アーチェリー(3年間)

     昭和42年4月より フェンシング(2年間)

     平成18年3月より カーリング 現在

     その他 テニス、スキーなど

 

[令和3年・4年の振り返り]

 理事会は1回だけ都合により途中参加となったが、すべて参加した。今まで接点のない方々が多数いる体制で発足した理事会だったが、回を重ね意見の交換をしていくうちにお互いのことがわかるようになっては来たとは思う。だが、理事会としてこれで完璧に機能したかというとまだ改善の余地は多々ある。

チャレスポなどのパラスポーツ啓蒙イベントに当協会が参加した際には、車いすカーリングとはいかなるものかの説明の担当をし、また、他のパラスポーツのブースを訪ね交流を深めた。

外部との会合で会長不在の時は代理を務めた。

[理事会のあり方、機能や目標]

 コロナの影響ですべての理事会はオンラインであった。その為、一度も対面がかなわなかった理事がいる。早い時期に対面形式にしたいと思うが、各人の居住地が広範囲なので、全員が対面というのは無理かとも感じる。対面とオンラインの組み合わせを採用することを勧める。

2年間の体制を振り返ると、専務理事の負担が多すぎる。確かに長年の経験と知識がないと務まらないポジションであるが、役割分担は再考すべきと考える。

外部理事としてカーリングは素人であっても、理事となったからにはカーリングについて学べる機会を理事内で提供していきたい。そうでないと、アスリートとコミュニケーションがとれない理事がでてしまう恐れがある。

世界で活躍できる選手、チームを育てること。これはなにも3年後のパラリンピックだけではなく、10年、20年後の日本、世界における日本車いすカーリングの位置を考えた育成、支援をプログラム化すること。

[自身の目標と課題]

 各種国際大会に常時出場し、ポイントを加え。2026年のパラリンピック出場を果たせる力を持つチームを育てるのが直近の目標となる。それに加え将来を見据えると、資金力の増加、選手層を厚くするなど課題は多い。

まず、国内での試合数を増やし、国際試合に向けて技術、体力の強化を図る道を設けたい。

また、事務局についても対策を講じたい。人手が足りているとは言えず、個人の負担が多すぎ、事故が起きてからでは遅い。人件費総額の枠があるので一概に事務職増員を要求できないが、なんとかしなくてはならない。

[自己PR・特記事項等]

 カーリングは現在もプレーしているし、審判C級、コーチ1を所持しているので、車いすカーリングスクールや試合において役にたてることは多いと思う。実際、過日の全日本や昨年のMDでは、試合の合間に設けた体験講習で講師の一員を務めた。

過去、現在と色々な職歴を経験してきているので、それらで得た多くの事柄は車いすカーリング協会でも生かすことができると信じている。

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No.9 余吾  由太  (よご ゆうた)

大阪府在住 1988年生

所属先: 株式会社ランブリッジ 代表取締役

最終学歴:2022年3月 グロービス経営大学院大学 経営研究科(経営学修士)修了

職歴:  2022年2月〜 愛媛マンダリンパイレーツ株式会社 選手契約(3年間)

     2015年3月〜 株式会社ランブリッジ 代表取締役 (8年間)現職

     * 主な事業:スポーツを通じた地域活性化事業、スポーツ合宿に特化した旅行事業等

役職歴: 2020年2月〜 公益社団法人日本ホッケー協会 特命担当(3年間)

     2021年6月〜 NARUTOスポーツコミッション アドバイザー(2年間)

     2023年4月〜 総務省地域力創造アドバイザー

スポーツ歴:        

     1988年4月〜 野球(10年間)

     2007年2月〜 野球独立リーグ愛媛マンダリンパイレーツ選手(2年間)

 

[パラスポーツの印象・課題]

 私の知人に車いすテニスの選手である大谷桃子選手がいます。大谷選手は、医療過誤で車いす生活となったそうですが、学生時代から続けてきたテニスを車いすテニスとして続けることができて、パラリンピックにも出場しました。同じような境遇の人たちへ夢や希望を与えたいと言っていたことが印象に残りました。

健常者であっても身体に障がい者と同じ制限をつけて障がい者スポーツを行うことが広がることが必要だと思います。また、障がい者スポーツを普及、認知させていくためには、企業や自治体等の社会的な連携が不可欠だと思います。

[達成目標や貢献分野]

 私は、これまでスポーツを通じたまちづくりの会社を経営しています。また、ビジネススクールでのMBAの知識や日本ホッケー協会での競技協会での経験を活かすことができると思います。特に官民連携や社会的価値の創出、経営学等の分野でお役に立つことができるのではないかと思っています。

[応募動機・意気込みなど]

 私のビジョンは「スポーツで社会課題を解決する」ことです。これは、私が野球独立リーグの選手時代にスポーツを通じた地域貢献活動をしていたことが原体験としてあるからです。その際に、車いすの高齢者の方を松山城天守閣まで付き添い、車いすを持ち上げてサポートしたことが印象に残っています。これが、はじめてスポーツを通じて誰かの課題解決、想いを叶えることでした。この原体験を通じて、現在では会社を企業し、スポーツを通じた地域活性化事業や地域の課題解決をする事業を行っております。

これらの経験や大学院の学び直しで得た経営学の知識を活かし、貴協会の運営面、事業等へ還元できるようにしたいと考えております。どうぞ、よろしくお願いいたします。

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